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馬上の楽園
地上の楽園は馬の背にあり。-コーラン

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DATE: 2009/05/24(日)   CATEGORY: 犬たち&猫たち
オムツをはいたニャンコ
今日こそは「わたしが乗馬をやめた理由vol.2」を書こうと張り切っていたのですが、天気が崩れて持病の喘息が出て、そこまではまぁなんてことなかったのですが、新しい薬にチャレンジしたところ副作用でヘロヘロに……。長くなりそうなので明日またがんばります。


ところで我が家にはオムツをはいたニャンコが1匹おります(=^エ^=)

TS384343_1.jpg  TS384343.jpg

ノラの子だったのか捨てられたのかは不明ですが、子猫の時に犬に噛まれたらしい傷が原因で下半身が不自由。自力で排泄ができないので普段はオムツで、1日2回わたしが膀胱や直腸を圧迫して排泄をさせてやらないといけません。歩いたり走ったりはできるにはできるのですが、写真のように後肢はかかとをべったりと地面に付いていて、かかとからつま先までの感覚がとくに鈍く、自由に使えない状態なので、歩きも走りも思うようにはできません。

歩行もままならず飢えか事故で死ぬのも時間の問題、という状態でさまよっていたときに、心ある方が保護してくださって、1年ほどして我が家にやってきました。

来た当初は腹筋背筋もほとんどないような、グニャグニャな体でビックリしたほどで、後肢も筋肉はほとんど付いていない状態。そんなニャンコを前に役に立ったのが、馬のリハビリの知識と経験でした。

今は腹筋背筋もしっかりと付き、後ろ足も来たときの倍くらい太くなって、オムツがワンサイズアップ!(笑)少し、かかとを持ち上げて歩行できるようにもなってました。

まだまだ1歳半という若さですから、これからもどんどんよくなってくれると期待しています(*^-^*)


こちらは7ヶ月になった子人(笑)。
ゆりかごをかじってガッチャンのマネしてます(ウソ)。

TS384331.jpg
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DATE: 2006/12/29(金)   CATEGORY: 犬たち&猫たち
とある野良猫餌付け放置事件、その後
2006年3月の時点で、U団地から保護・収容・施術したニャンコは三毛(♀)2匹、
現在の名前で言うと「こはる」当時推定1~2歳と
「こつぶ」当時推定6ヶ月齢でした。

とはいえ、
その後にはふたたび近所の野良ニャンコ数匹の去勢・避妊および保護と、
迷いネコの保護・返還があり、
また初夏には、いくつかの記事でたびたび言及している奥さん(Oさん)のSOSで
近場の公務店内で野良(またもや三毛)が生んだ子猫3匹のうち
2匹の引取りをしたりして、
あっという間にワンニャンの数は34匹に膨れ上がっていました。

そんな中、かかってきた電話・・・


「あ?もしもし?achevalさん?
どうもどうも、ご無沙汰してます、U団地のKです~(愛想笑い
春先はどうもね、お世話になりました。
その後御礼もしないで本当に、失礼しましたねぇ~」


そうだ、そういえば、お礼なんて言ってもらってませんでしたね。
気にもしてませんでしたよ。


「こんなねぇ~、またお電話で申し訳ないんだけど・・・
じつはね、あの後また猫が増えちゃって!(ため息」


だから・・・猫捕まえても例の餌やり婆をなんとかしないと、
いたちごっこだって言ったでしょ・・・


「せっかくachevalさんが捕まえて持ってってもらって、
一時は2匹まで猫減ったんですよ。
なのにあのA(餌やり婆の名前)が!
餌で釣ってほかの棟から野良猫わざわざ連れてきて!
それでその連れてきた猫が子供生んで!!
また7匹になっちゃったんですよぉ~~~~~~」


は~もう知りませんよ・・・


「それでね、またね、achevalさんのお力をお借りしたいなと・・・」


・・・・・・


前回の保護のさい、Kさんにはくどいくらいに、

「たとえ私やほかのボランティアが猫を保護して避妊しても、
あのAさんにキッパリ餌やりを止めさせるか、
止めないなら団地のルール違反ということで退去してもらうか、
何らかの措置を取らないと、猫はまたどこからかやってくるし、
その猫が子供を産んだりして、もとのもくあみになりますよ」

と忠告したし、
そもそも団地とは何の関係もないわたしが、
個人の自腹を切って団地で増えた猫を収容・施術するからには、
団地のほうとしてもこの問題をこれ以上放置しないで、
ルールやモラルを無視して無責任な餌やりを続ける人間を、
ちゃんと何とかしてくださいね、
問題の根本を解決してくださいね、
と伝えていた。

もちろん、私が協力したのは、私の目と手が及ぶ範囲内で、
犬猫の犠牲が出るのをなんとか阻止したい、その一心だったのだけど、
どんなに手術して保護しても、
「増えるのも死ぬのもかまわずただ餌をやりたいから餌だけやる」
無責任な人間がいなくならない限り、
あらゆる努力も願いも水の泡になる。

協力を依頼してきた団地側としては、
そのくらいの対応は最低限するべきだと思ったのだけども。

その後話を聞いてみると、
餌やり婆とその娘(婆の3倍くらい悪質)の嫌がらせや仕返しが恐くて、
だれも「根本的な解決」に踏み出せていないという・・・。


「根本的な解決」が、徐々にでも確実に進められているなら、
私も「もう一度」と思ったかもしれない。
でも、黙って見ていれば団地の人たちも、
「自分の手は汚したくない。自分が責任を負うのはいやだ」
で誰も動いておらず、挙句、
「好きで動物を引き取っている、暇でお人よしな独り身の女」
を見つけたものだから、こりゃぁいい、てなものでまた電話をよこしたのだ。

ただ猫のことだけ思って、阿呆になるか。
・・・いや。

それでは半永久的に、この問題はエンドレスである。
団地の人たちは我こそは被害者という顔をして、
「人のいい動物好きなボランティア=タダでカンタンな間に合わせ策」
に助けを求め、餌やり婆はまた新しい猫を連れてきて、
そうして猫はまた増える。

これでは私が猫、命を助けることを目的に動いても、
結果的に問題解決の手助けになるどころか
問題を助長することになるじゃないか。


ほとほと嫌気がさしてこういう人たちとは金輪際縁を切りたいと思いつつも、
今ここで縁を切っては私の倫理的責任というものが知りきれトンボになる。
それで、今回はこう答えた。


「前回、お伝えしましたよね?
ただ猫が減ったからって喜ばないでくださいって。
せっかく猫が減っても、Aさん(餌やり婆)をどうにかしない限り、
同じことの繰り返しです。
それに、皆さんは、私が好きで動物を片っ端から集めているとか、
保護した犬や猫はすぐに貰い手が見つかると思っておられるかもしれませんが、
それは違うんですよ。
とくに、前回団地で保護したような野良猫は、
餌だけもらって生きているだけで、まずほとんど人に懐いていないし、
必ずといっていいほど病気を持っている。
だから、貰い手が見つかることはほとんどないんです。

うちにも収容能力というものがありますし、
決して裕福なわけでもありません。
できる限り力はお貸ししますが、今回のこの件については、
その後の対応がほとんどされていないことを考えたら、
無条件というわけには行きません・・・」

Kさんは調子よく「はいはい、そうですねぇ」と相槌を打っているが、
早く話を進めたいだけ、
早く協力を取り付けて、増えた猫を持っていってもらいたいだけで、
ちゃんと聞いているわけではなさそうだ。

今回ふたたび野良猫の保護・施術で協力をする条件の1つ目としては、
とにかくこの「餌やり放置問題」を解決するために、
具体的な対策・行動を起こすこと。
猫の保護はその進捗状況を見ながら、
急ぎの子(妊娠しているとか)を優先して、
漸進的にしていくと伝えた。

Kさんここで、ちょっと不服そうに、

「う~ん・・・
一気に全部、捕まえて持ってってもらうのはできないですかねぇ・・・」


できません
というか、しません(=_=

やっぱり話ちゃんと聞いてないな・・・。


条件の2つ目は、猫の施術・治療に関する費用を、
一部でいいから負担すること。

周りの意見では、「なんで一部?全額負担させなきゃ!」
だったのだけど、いきなり全額というとこういう人たちは、
「金がかかるなら捨ててくるか、保健所か」
という思考になるのが目に見えているので、あえて「一部」とした。

それで団地が動いて、今回限りで猫問題が解決するなら・・・。

でも、この考えは甘かったことが、後にわかるのでした。


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DATE: 2006/09/10(日)   CATEGORY: 犬たち&猫たち
犬への賛歌
“人間がこの世で持つ最良の友も、彼に反し敵となることがありましょう
彼が愛情をこめて育て上げた息子や娘も、親不孝者となることがありましょう
私どもが自分の幸福と名声を任せる者さえ、その信頼を裏切ることがありましょう
人の持つ富は失うこともありましょう
富は人がもっとも必要とするときに、人から飛び去ってしまうものです

人の名誉は、何か一つ人によく思われない行為があった途端に地に落ちます
成功が私どもと共にあるときは腰をかがめて我々を崇める人々も、
一旦失敗がその雲を我々の頭上に覆うや、
まず悪意の石を我々に投げる最初の人ともなるでありましょう

この利己的な世の中で、人が持ちうる唯一の絶対に非利己的な、
決して彼を棄てず、決して恩を忘れたり裏切ったりせぬ友は犬であります

陪審員諸君、人の持つ犬は、富むときも貧に悩むときも、
健康のときも、病気のときも、その主人の味方である
犬は冬の寒風吹き荒び、雪が激しく降るときにも、
その主人の側近くにおることさえできれば冷たい地面にも寝るのであります
彼は、自分にくれる食物を持たない手にも接吻し、
世の荒波と闘ってできた傷も舐めてくれます
彼は貧しい主人の眠りをあたかも王侯に対するのと同じく番をするのであります

他のすべての友が去っても彼だけは残っています
富が飛び去り、名声が粉々になっても
彼の愛情はちょうど空を旅する太陽のように不変であります
運命が彼の主人を友もなく、家もなく、地の果てへ放り出しても、
忠実な犬は主人について危険から主人を守り、
その敵と戦うより以上の特権を求めないのであります

そうして、ついにすべてが終わって、死が主人を抱き、
その体が冷たい地面に横たわると、
他のすべての友はおのおの勝手な方向に行ってしまっても、
その気高い犬は墓の側にあって頭を前脚の間に垂れ、
目は悲しげに、しかし、聡く見張って大きく開き、
死に至るまで忠実で真実であります・・・”


(ある犬の射殺事件をめぐる裁判にて、上院議員ジョージ・ベストによる弁護論。
19世紀、アメリカ合衆国ミズーリ州)

※この文章は一部サイトで「犬の聖歌」と呼ばれ、「作者不詳」とされている場合がありますが、正しい出所は上記の通りです。記事のタイトルについては、内容から任意で「犬への賛歌」としました。
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