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馬上の楽園
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DATE: 2005/05/11(水)   CATEGORY: 犬たち&猫たち
おかあさんの死
外猫の「おかあさん」(三毛♀推定13歳)が、
昨日の午前に息を引き取りました。

おかあさんは子猫のときに捨てられ、以来この近所で10年以上
野良で生き抜いてきた子です。
たくさんの子猫を産み、そのほとんどを交通事故や病気で失いました。

私がおかあさんと出会ったのは約5年前。
いつも子猫に囲まれていた、肝っ玉母さん、といった感じの猫でした。
餌付けをしてから娘猫2匹と共に3年前に一旦保護、
避妊手術を施し、娘猫の1匹はすぐに家になじんだためそのまま
室内に入れ、もう一匹の娘猫が産んだ子猫2匹も引取り、
おかあさんとその娘を再び外に放しました。

以来、ほぼ毎日朝晩ご飯を食べに来、秋冬はダンボールのベッド、
のちには猫小屋を用意してそこに寝泊り、娘猫は最近は
擦り寄ってくるまでになついていました。

この冬、一度風邪で危なくなったおかあさんですが、
その生命力で奇跡的に持ち直し、食欲も戻り、4月中までは
とてもよい状態でした。

ですが、先日4/29の猛暑で一気に体調を崩し、それから
どんどん弱り、食欲もなくなり、とうとう5/2には食べ物を
拒むようにまでなってしまいました。

おかあさんが食事を取らなくなってから4日目に、4/30から
遊びに出かけたきり帰ってこなかった娘猫がやっと戻ったのですが、
それを見届けたかのようにおかあさんは一旦姿を消しました。

最期はうちで迎えてほしいけど、でもお母さんの好きなように、
といつも語りかけていたので、ああやっぱり野良が長かった分、
一人がいいのかなぁ・・・と寂しく思いながらも、去るもの追わず、
そっとしておきました。

でも、どうやら、おかあさんは、わたしに気を使って去ったようです。

その後さらに3日後、おかあさんはかなり離れた場所
(当然縄張り外)の、道路と畑の間の側溝に落ちて、横たわっていました。

発見したのは、猫仲間で一番親しい近所の奥さん。
おかあさんがいなくなった事を発見したその日の朝伝えていたのですが、
「それは本心じゃないはず」と探す気満々になっていました。
で、奥さんが夕方犬の散歩をしながらおかあさんのことを考えていると、
ふと道の脇に目が行って、そうしたらそこにおかあさんが
横たわっていたそうです。

三毛猫を飼ったことがある方は分かると思いますが、
三毛は気が強くて気丈な反面、とても気立てがよく、
おまけに余計な気を使う猫が多いのです。

うちにも他に5匹の三毛がいますが、最初に拾った育(♀5歳)なんかは、
甘えたいと思っても他の猫がミーミー言っていると、
「私一番最後でいいよ」とばかりにちょっと脇で待っています。
そうして我慢して、私が勤務していた頃などは、体を壊したことも
何度かありました。それくらい、三毛は気を使う性格なのです。

奥さんは急いで私に知らせてくれ、私も速攻でダンボールを持って
おかあさんを迎えに行きました。
おかあさんは、側溝に横たわったまま土曜日の雨にも打たれたようで、
下になっていた顔半分には、泥はねのあとがありました。

それにしても、4日も食べずにフラフラした体で、
よくこんな遠くに・・・

冬からは1日のほとんどをうちの玄関脇の猫小屋で過ごしていたおかあさん。
「もう十分お世話になったから、最期くらいは面倒をかけないように・・・」
とでも言っていたかのようでした。

うちへ連れ帰り、いつ戻ってきてもいいように整えておいた
猫小屋に寝かせようと、一旦ダンボールごと地面に下ろし、ふと見ると、
おかあさんはそれまで力なく横たえていた頭をしゃんと持ち上げて、
じっと私の顔を見ていました。

見ていました、といっても、涙と目やにで目を開けられない状態に
なっていましたので、実際に見えてはいなかったのでしょうが、
それでも確かに私の顔を、じーっと見つめていました。

何か言いたげなその顔に、「その体であんな所まで。
どこに行くつもりだったのよ。おかあさんたら」と私が言うと、
おかあさんは、カッ・・・と口を開けたのです。
一瞬、威嚇したのかと思ったのですが(なにせ気が強い上に気高い子で、
いつも一線引いていたので)、そうではありませんでした。

私が面倒を見始めて5年弱、
おかあさんは初めて私に向かって鳴いたのです。
声は出ませんでしたが・・・・

最初で最後の、おかあさんの「あいさつ」でした。

何て言ったのかは分かりません。「ありがとう」かもしれないし、
「余計なことしてくれて。」かもしれません。

でも、それがどんな「あいさつ」だったとしても、
最後に言葉を交わせてよかったと思います。

その様子を見て、奥さんが言いました。

「この子、あんたに気を使って出て行ったはいいけど、
やっぱり戻りたかったのよ。
最期が近づいて、でもあんたに直接に言うのは気が引けるもんだから、
一番仲のいいあたしを呼んだんだわ。」

その後は寝る前まで、30分おきに様子を見ましたが、
徐々に呼吸も弱くなり、昏睡状態になっていったようです。
それでも「おかあさん」と声をかけると、呼吸が大きくなり、
のど元の筋肉が動くのです。一生懸命答えていたのでしょうか。

朝になり、まだなんとか呼吸筋は動いていたものの、不規則で、
いつ逝ってもおかしくない状態でした。
9時過ぎに、例の奥さんが見に来てくれ、
そのときもかろうじて呼吸で「返事」をしましたが、
その後10時、10時半と、呼吸筋もゆっくり痙攣するような動きに変わり、
11時過ぎに見たときは、息を引き取っていました。

最後は使い慣れた布団の上で、少しは安心してくれたでしょうか。

今日の午前に火葬を済ませ、今は小さな骨壷に眠っています。
それでも、自分のこの手で骨を拾っていても、まだ実感は少なく、
その後、買い物に出るときも犬の散歩に出るときも、
玄関を開けるたび、
「(小屋で寝ている)お母さんを起こさないようにしなくちゃ」
と思ってしまいます。

うちは17匹の大家族ですが、おかあさんは「17分の1」ではないのです。
おかあさんも、そして他のどの子も、代わりのいない完全な「1」なのです。

最期まで気高くけなげだったこの子の、魂がどうか安らかでありますように。



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