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馬上の楽園
地上の楽園は馬の背にあり。-コーラン

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DATE: 2009/05/04(月)   CATEGORY: ゼット
甘やかされた子供 (前半)
生まれてから一度も、しつけらしいしつけを受けたことも
「正しいことと間違ったこと」の区別を教えられたことも
叱られたことも命令をされたこともない反抗期の子供を想像してみてください。

自分より強いものも、自分より賢いものも、
自分より「上」のものはこの世界には存在しない、
そう思い込んで自信にあふれている思春期の子供。

そして、その“子供”が体重500kgもあったとしたら…。


ゼットはまさにそのような子供でした。

数週間前、自分に対してそれまで「ボス風」を吹かせてきた
先輩馬に宣戦布告をするまでは、まだ「甘やかされて育ったワガママっこ」
で済んでいたのかもしれませんが、
その一戦を境に、一気に間違った自信をつけてしまったようです。


馬は、もともと厳格な縦社会、階級社会に生きる動物です。
若いオスは子馬時代の遊びを通じて同世代の中での順位を決めていき、
その後は段々と年上の馬に挑戦を吹っかけるようになりますが、
そこで上位の大人のオスや群れのボス馬から正しく矯正、教育をされて、
群れとしての“ルール”や自然界のおきてを学び、正しく育っていきます。

群れで生きるのではない、人間が飼っているような馬の場合は、
当然飼い主やその周りの世話をする人間が同じように教育や
しつけをしていく責任を(本当なら)担っています。

でも、人間は往々にして自分の人間的な目標やら野心にばかり
気を取られて、目の前の馬を馬として、そして群れの一員として
正しく教える、しつける、ということをおろそかにしがちです。

ゼットは競走馬となるべく競馬の世界に連れてこられましたが、
もともとの素直で人懐こい性格ゆえに厩務員さん他から可愛がられ、
馬のしつけなど眼中にない競馬界ではどんどん調子に乗って、
攻撃性がない分その“問題”は静かに確実に根を張ってしまったようです。

IMG_0942.jpg見た目がカワイイだけに…

本格的なレース調教が始まる前に爪を傷めたことが原因で
競走馬失格となり、殺されるところを運良く生きながらえたわけですが、
この一見「ラッキーな展開」も、ゼットにとっては
「辛い思いも苦しい思いもしない代わりに、上から押さえつけられもせず、
自由に好き勝手に振るまい、人間から命令を受けたことも
叱られたこともしつけを受けたこともない」という結果になってしまいました。

本来はボス馬(の代わりの人間)から、そういう「群れの中での従う立場」や
「協力」や「敬意」といった社会性を学ばなくてはいけなかった時期に、
なんら「群れのルール」を教えられずに来てしまったわけです。

その結果、ゼットにとっては人間は、

無害だけれども取るに足らない存在

になり下がってしまったようです。

昨日、1ヵ月半ぶりにゼットに会いに行ってきたわけですが、
一番の目的は、ゼットにこの「群れのルール」の第一歩を教えること。
今まで「自分が一番強い、一番えらい、誰の命令も聞かない」で
通ってきたゼットに、「これからはもうそれは通用しない」
ということを教えることでした。


人間に人間の言葉があるように、馬には「馬の言葉」があります。
そして、馬の言葉は主にボディーランゲージを通じて伝えられます。
たとえば、馬に対して自分が立つ位置、体の角度や姿勢や視線など、
小さな仕草の中にたくさんのメッセージがこめられています。

馬に対して何かの行動を促す、つまり行動するよう命令を発する位置は、
馬のお尻の横か斜め後ろです。(ただし最初は馬に近づき過ぎないように)
この位置に立つだけで、それは「これから命令を発するぞ」
「指示の通りに動くんだぞ」と言っているのと同じことになります。

これ↓は一昨年マロンを調教しているときの写真ですが、

丸馬場1

SN330247.jpg

だいたいどのへんの位置か分かりますかね…?

普通、馬は本能的に「指示に従う」ということを分かっていて、
この位置からたとえば追い鞭()を鳴らしたり
舌鼓()したりすれば、それは「進め」の合図であると理解します。
(野生の馬の群れの中で、ボス馬が「ここはキケンだ、別の場所へ行くぞ」
と言っているのとちょうど同じ状況)

※追い鞭
柄の長い鞭の先に2mほどの紐がついていて、馬から離れていても馬に十分指示が伝わるようになっている。普通は、この鞭を細かく振ったり紐の部分をパチン!と鳴らしたり馬が鈍い場合には紐の先で軽く馬のお尻に触れたりして使います。馬を叩いたり罰したりする道具ではないのでくれぐれも。

※舌鼓(ぜっこ)
舌をチッチッと鳴らして馬への合図(正確には警告音)として使います。舌打ちと似てますが、もっと喉の奥に近い方で鳴らして舌打ちよりも太く大きな音を出します。




な ん で す が 、



ゼットの場合は…



わたしが「その位置」に立った瞬間、耳をキュッと引き、不愉快な表情(=_=;
「自分がボスだ」と思っている馬、それも反抗期の不良みたいな馬にしてみれば、
「なんだぁ?オレに命令する気か?」というところでしょうか。。。

案の定、舌鼓しても鞭を鳴らしても完全無視
あいかわらず不愉快な表情で、今度は首や尻尾をさかんに振り、(※)
「なんだコイツ、気にいらねぇ…」とな。

※馬が耳を絞ったり首や尾を激しく振るのは不快感や苛立ちの表れです。犬とは違って嬉しさで尻尾を振ったりはしません(^^;



鞭だけでなく手に持っていたリードロープを振りかざしたりしてやっと前進するも、
首と尾を激しく振りながら数メートルダラダラと速歩をするだけ。
「うっせーな、ウザいんだよ、言うことなんかきかねぇぞ」とゼット。

それでは意味がないのでさらに鞭の合図と舌鼓で馬を追う。
ゼットは、立つ、蹴る、尻っ跳ね、の反抗的な態度。
「てめーヤル気か?!」

500kgの君とヤル気はさらさらないが、ボスはわたしなのでそこんとこよろしく。
ということで追い続ける。

馬場は15m×30m程度の角馬場(長方形の馬場)だけど、
ちょうどその「角」のところへ逃げ込んでサボろうとするので
逆に角へ追い込むようにして前進の合図。
ゼット、激しく怒って尻っ跳ね&蹴りを一発。
後ずさりしながら蹴ってきたのでおっと!と身をかわしてまた追う。

ボスの位置からコントロールされているのがゼットはとにかく気に入らず、
跳ねまくり、蹴りまくり、やがて猛ダッシュ!
速歩に落ちるのを待って再び追って、ここでそろそろ…


ス ト ッ プ !!
をかける。

調馬索(馬の調教に使う長い紐)も引き綱もついていない、
フリーの状態の馬をビタッ!と止めるにはどうするのかというと、
馬が急停止するときの姿勢を人間が取ってやるのです。

馬を追っていた斜め後ろの位置から、
ホップステップジャンプ!のリズムで馬の真横の位置まで飛び出して
腰を落として深く踏み込む姿勢(しゃがみこむ一歩手前のような姿勢)で
着地すると、反射的に馬も全く同じ姿勢で急停止をします。
ちょうど、ウエスタンのスライディングストップのような姿勢。

ただし、もたもたしたり曖昧に動いても意味はなく、
一瞬で、勢いよく、ハッキリと合図を送ることで、
馬はわずかにスライディングしながら、四肢をそろえてビタッ!!と止まります。

実はこれも、群れのボス馬が群れ全体を止めるときに行う合図なのですね。
(ちなみに母馬と子馬が一緒にいる期間は、母馬もやります。)


さて、人間の側のこんな合図を始めて見たはずのゼットも、
やはり馬の本能あってか、見事に一発でビターーーッ!!と停止。
だけど、「取るに足らない人間」にそこまで操られたことに
ますます気に入らない!という思いと少々の戸惑いもあったようで、
むかつくーと言わんばかりの表情で仁王立ち(^^;

まぁでも仕方ないよ、ボスはわたしなんだから!ね!
ということで今度は反対方向へ追う。
ゼット、荒れる荒れる……。

で、反対周りでも2、3周の速歩のあとに、ストーーーップ!!
今度もビターッ!!と急停止のゼット。
えらい!うまいじゃん!と心の中で褒めながら、
ゼットがこちらの存在を認める気になったかどうか、
様子を伺うこと数秒…

普通はここまでやれば、
「あなたの話はわかりました。そこまで操れるのならボスとして認めます」
という具合に首を下げておとなしく近づいてくるのだけど、
仲間の馬にもやられたことがないであろう合図を
人間に初めてされたゼットは、もうわけがわからない、
でもコントロールされるのはイヤだ!と葛藤している様子。

首を下げ、足元の地面のにおいをかぐような仕草を何度も繰り返す。
これは、相手の要求に応えようかどうしようか、考えているときの仕草。
ここでプレッシャーを与えては台無しなので、黙って待つ。

でも…

「このオレ様がそこまでするのも気に入らない」
とばかりに、その場に立ち尽くすことを選んだゼット。
お前って子は…。

そのままプイと横向きになり、知らん振りを決め込む表情で、
でも耳では盛んにこちらの様子を伺いながら、
時々、「いったいこの人、なんなんだ…?」というような、
まん丸の、興味深々な目でこちらを振り返る。
そのたびに一歩後ろへ下がって、こちらへくるよう促すが、
「やだっ!」とばかりに顔を背けてしまう。


こちらに敵意はないことは分かって激しい抵抗はしなくなったものの、
素直に従う気にはならないようなので、方針変更。
「ヤル気がないなら、廊下に立ってなさい」

そのまま静かに後ろへ下がり、ゼットをおいたまま馬場の入り口へ。
場長と、同行した馬関係の友人としばし雑談。

私「ゼットは、可愛がられてはいたかもしれないけど、
それ以上に甘やかされて育ったはずですよ。
厳しい訓練や負ける経験もなにもしないうちに養老牧場へやってきて毎日放牧。
だから、自分が一番偉い、人間のいうことなんて聞く必要はない、と
思い込んでしまっているんですよ。まともに引き馬もできない、
人間の足を踏んづけてもなんとも思わず、自分が行きたい方向へ行くでしょう」

場長「そりゃぁもう大事にされてたよ、コイツ引くのに二人がかりでさ。
まぁ、はえぇ話が競馬なんて速く走りゃぁいいのよ、バカだって。
言うこときかねぇで暴れるぐらいが丁度よくてよ、
おとなしく後ついてくる馬なんて『元気がねぇぞ!』って
ムチでバシバシしばかれて、だんだん目が血走ってつり上がってくんのよ。
そうやっていじめて血の気を引き出して走らせんのが競馬の世界だから…」



厩務員歴26年の場長の話、それの一体どこが“調教”なんだろう…。


さて、しばらくこんな話をしているうちに、
「そろそろほとぼり冷めたかな…今度こそオレがやりたいようにやるぞ」
とばかりにこちらへまっすぐに歩いてきたゼット。

場長と友人は、「あ、やっと来た!」と喜びますが、
わたしが「来い」と言ったのは無視しておいて、
呼んでもいないときに来るのはルール違反。
なので鞭とリードロープを持ってゼットの前に立ちはだかり、通せんぼ。
「呼んでないよ。ここから先は立ち入り禁止。」

ゼット、エッという表情をしてたち尽くす。
しばらくして「言うこと聞くなら、おいで」と誘ってみるが、
ムッ…とまた横向きになるゼット。

「そ、ならずっとそこに立ってなさい。」


紐も何もつけていないので、
ゼットが本当にわたしのことが気に入らなかったり、
もうどうでもいいやと思ったなら、
自由にフラフラと別のところへ移動できるはずです。
それでもゼットは先ほども、今も、止められたその場所に、
じーっと立っています。ゼットなりに考えているんです。

素直に従うか、いや、それもしゃくだ…
どうすれば自分のやりたいようにできるだろう?
いい子のふりをしてだまそうか?
それとも正面から再挑戦してみるか?
etc、etc。


いちどきにあまりいろんなことをしても馬が混乱するので、
ここらで休憩ということで、3人でお昼を食べにいくことにしました。
ゼットのことは振り返りもせず、完全無視で(笑)。

(後半へ続く)

馬へのアプローチはさまざまな方法があります。馬がどのような性格でどのような生い立ちをもち、今どんな問題が持ち上がっていてその原因は何か、それをどう矯正するのがよいのか、によってアプローチのしかたは当然変わります。おびえていたり人間不信になっている馬には優しくなだめ誘うようなアプローチを取りますが、「俺様がボスだ、人間なんて屁でもない」と思い込んでいる馬には同じアプローチをしても逆効果です。そういうオレサマな馬にはボディーランゲージで「お前が従うべき人間はわたしだぞ」ということを主張していくのですが、もしここで力でねじ伏せるような方法(鞭でしばいたり殴ったり攻撃的なしかたで馬に近づき過ぎたりなど)を取ると、馬が本気で闘うことになり大変危険です。(人間が命を落とすような事故にもなりかねません)


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